「なんでこんなに悩んでんねやろ…」って夜、あるわな
布団入っても目ぇ冴えてもうて、
頭ん中は「どうしたらええんやろ」でパンパン。
ほんでそのうち、「こんなに悩んでる自分て、
でもな、よう考えてみぃや。
そんなふうに悩んでるあんたって、実はめっちゃ“ええ人”やで。
どうでもええと思ってたら、そもそも悩まんしな。
せやけど、その優しさが、
明日が不安な時は、手ぇ動かすだけでええねんって、オカンが言うとった
うちのオカンは、ようこう言うてた。
「悩むってな、ヒマやからできるねん。手ぇ動かしてたら、
最初これ聞いた時、「なに言うてんのやろこの人…」
でもな、これ、後からジワジワ沁みてきた。
「考えすぎる」って、実はめっちゃ疲れることなんやで
悩みってな、頭ん中だけでこねくり回してると、
ほんで、現実の“行動”より、“不安”の方が主役になってまう。
「考える=動いてる」って思いがちやけど、実際は足踏みしてるだけの時も多いんや。
そんな時、オカンは言うてた。
「ほな、冷蔵庫のもんで適当に味噌汁でも作りぃ。
ほんまにな。
包丁トントンしてたら、なんかちょっと、
「あんた、悩んでても腹は減るやろ」|オカンの沈黙が、心を救った日
これは、32歳のとき、仕事で心が折れかけたときの話や。
ほんまにもう、あかんかったんよ。
毎朝、駅のホームに立つたびに「今日も生き抜けるか」って思ってた。
それでも「逃げた」って言われるのが怖うて、”ギリギリ”まで歯ぁ食いしばって耐えた。
けど、心はすでに限界超えてて、朝になるたび、体が石みたいに重くてな。
会社に行っても、頭が回らへん。
人の声が聞こえへん。
目の前の画面が霞んで、気ぃついたら涙出とった。
「もう辞めた方がええんかな…」
何回もそう思った。
辞めてまいたいって。
でも決めきれへんまま、ただ毎日をやり過ごしてた。
ある日、ふらっと実家に帰ったんよ。
ボサボサの髪、目の下のクマ、着てるもんもしわくちゃで、鏡見たら自分でも引くくらい“生気”なかった。
台所からオカンの声が聞こえてきた。
「あんた、悩んでても腹は減るやろ。米といどいて。」
……は? 米? 今このタイミングで?
頭ん中は「もう無理や」って思いでいっぱいやのに、なんで米やねん。
でも、逆らう気力もなくて、しぶしぶ台所立った。
米びつのフタ開けて、ザッとすくって、ボウルに入れて、水ジャーって流して――
ゴシゴシ…って米研ぎながら、なんか知らんけど、手が震えてきた。
じわじわ、目の奥が熱うなってきて、気ぃついたら涙”ボロボロ”出てきてた。
止まらんかった。
自分、ほんまに頑張ってたんやなって。
誰にも分かってもらえへんまま、ずっと、ひとりで必死やったんやって。
その寂しさと、悔しさと、情けなさと、全部ごちゃ混ぜになって、
あの白い米粒に、なんかもう全部流し込んでた。
オカンは、そんな自分の横で、味噌汁かき混ぜながら、何も言わへんかった。
なぐさめるでも、励ますでもない。
ただただ、横におってくれた。
その“何も言わん”っていう優しさが、
どんな言葉より、あったかくて、沁みて沁みて、胸の奥がグーッとほどけていった。
その夜のごはんの味、今でもよう覚えてる。
白いご飯と、豆腐とわかめの味噌汁。
ただそれだけの晩ごはんやのに、人生で一番泣きながら食べた気がする。
次の日、また会社に向かう足は、正直まだ重たかった。
でもな、「もうちょっとだけ、やってみよか」って思えたんよ。
オカンの何気ないひと言と、あの沈黙が、折れそうな心を”ギリギリ”のとこで支えてくれた。
ほんまは、「悩んでる自分」より「手ぇ動かした自分」を褒めたってええんやで
今もし「明日も頑張らなあかん」って思うてるあんた。
ほんまはな、「頑張らな」より、「ちょっと動けた自分」
たとえば、
- コップ一個でも洗えた
- コンビニ行く元気はあった
- 深呼吸してみただけでもええ
そういう“小さな行動”って、
「自分はサボってる」ちゃうねん。「今は、休む時期」なんや。
悩みすぎた夜は、オカンの言葉思い出してな
- 悩むって、余裕ある証拠。あんたが弱いんちゃう
- 動きながら、ちょっとずつ気持ちも整ってくる
- オカンの「米といといて」で救われたように、
誰かのひと言があんたを救う日も来る
悩んでもええ。でも、止まりすぎんと、ちょっとだけ手ぇ動かそ。
オカンも、きっと見守ってくれてるで。
【免責事項】
本記事は筆者の個人的な経験と考えに基づいて執筆されたものであ
コメント