後悔を抱えたまま、今を生きるために|最後の“ありがとう”とオカンの言葉

卒業式の日、校舎を背景に振り返りながら笑顔を見せる女性のイメージ画像 心がラクになる習慣

好きな人に「好きや」って言えんまま、そのまま終わってしもたこと、ない?

言いたかったのに言えへんかった言葉。渡したかったのに渡せへんかった優しさ。
時間が経っても、ふとした瞬間に胸の奥からじわっと浮かび上がってきて、同じ場所をぐるぐると回り続ける。

その後悔を抱えたまま、あんたは今をほんまに大事に生きられてる?

 後悔が消えへんのは、”今の生き方”に変えられるサインやから

過去の出来事は、どうあがいても変えられへん。いくら願っても、時計が逆に回り出すことはない。

せやけどな、それは“残酷”やなくて“優しさ”やと思うんよ。もし何度でもやり直せる世界やったら、人はきっといつまでも自分を責め続けてしまうからや。この世界では、過去は一度きりで戻られへん。それは“終わり”やなくて、“始まり”でもある。

“今”だけが、生きてるあんたの手の中に、確かに残されてる時間やからや。過去に戻られへんからこそ、今どう生きるかが、あんたの人生の形を決めていくんや。

 後悔が消えへん理由――正体は「大切にしたかった気持ちの残り火」やから

なんで、時間が経っても後悔は消えへんのやろ。

それはな、後悔の正体が「過去への執着」やなくて、「大切にしたかった」っていう気持ちの残り火やからや。ほんまにどうでもええ相手なら、悔やむことすらせぇへん。時間といっしょに忘れて終わり、それだけや。

心が何度もあの日を思い出してしまうんは、その時間がたしかに特別やったからや。忘れたつもりでも、あの時の気持ちはちゃんと残ってる。手をかざしたら、まだほんのり温もりがある。

その“あたたかさ”に気づいた瞬間、人は少しずつ前を向けるんよ。「もっと大事にしたかった」っていう気持ちは、過去を責めるためのもんやなく、今を大切に生きるための小さな種なんや。だからこそ、後悔の痛みは「今を生きろ」って教えてくれる合図なんやと思う。


――その言葉の意味を、大学時代に友人・健司から聞いたある夜のエピソードが教えてくれた。

 後悔を引きずってたオレが「最後のありがとう」から学んだ、今を生きる強さ

就活が全然うまくいかへんかった頃、ひとりで悩んでいた時期のことや。何社受けても結果は出えへんし、面接が終わるたびに自信が削れていった。焦りよりも、自分へのあきらめのほうが大きかった。

「もうええか」って呟いて、何となく日々をやり過ごしてた。心のどっかで「自分なんか、どうせあかんわ」って決めつけてたんやと思う。過去の「あの時こうしとけば」を繰り返すクセがあって、“今”を大事にできてへん自分に気づこうともせぇへんかった。

そんなある晩、久しぶりにサークル仲間の健司から連絡があった。「たまには飲もか」。心が空っぽになりかけてたオレは、その誘いに何となく乗った。

ジョッキ片手に、いつものように愚痴がこぼれたわ。「もうちょっと頑張ってたら、今ごろ違ってたかもしれん」「なんであのとき、ああせんかったんやろな」。今さらどうにもならん後悔ばっかり口にするオレを見て、健司はふっと笑って、少し間を置いてから静かに言うた。

お前にな、昔の話してもええか?

最初は、ただの酔いの勢いやろと思ったけど、その声の響きがいつもと違ってた。健司と初恋の幼なじみ、愛子との話――ここからは、健司の目線で書くな。(名前はふたりとも仮名にしてる)

「好きや」って言えへんかった、ヘタレな人生

小さいころから、ずっと一緒におった。登校のたびに並んで歩いて、放課後は近くの公園で鬼ごっこして、夕焼けの中で笑い合ってた。「また明日な」――その言葉が何より自然で、当たり前の幸せやった。

その“当たり前”が、自分の本当の気持ちを見えにくくしてたんやと思う。愛子が好きやっていう気持ちに、ずっと気づかんふりしてきた。一緒におる時間が当たり前すぎて、失うのが怖くて、気持ちをごまかし続けてたんや。

高校に上がったある日、愛子が笑顔で言うてきた。「最近な、仲ええ男友達できてん。ほんま、話しててめっちゃ楽しいねん」。その瞬間、心の奥で何かがきしんだ。「よかったやん」って口では笑って言うたけど、心では全然笑えてへんかった。そこで初めて、はっきりわかったんや。

「オレ、愛子のこと、ずっと好きやったんや」

どうしようもないイラつきが込み上げてきて、好きやのに何も言えん自分に腹が立った。その情けなさから逃げるように、気づいたら距離をとってもうてたんや。愛子と目を合わせるのも気まずくなって、今までどおりの会話もできんくなっていった。愛子のそばにおると“自分の弱さ”が浮き彫りになる気がして、それが怖かったんやと思う。大学も地元に受かってたけど、わざわざ遠くの大学を選んだんや。

卒業式の日。愛子は晴れやかな顔で、太陽みたいに眩しい笑顔で手を振りながら言うた。

またどっかで会おな

オレはうつむいたまま、「じゃあな」とだけしか返せんかった。その笑顔をまっすぐ見る勇気が出えへんかった。それが――元気な愛子の顔を見た最後やった。


大学2回生になったばっかりのある日。地元の友達から電話がかかってきた。「なあ、愛子……入院してるらしいで」って。

その瞬間、頭が真っ白になった。何も考えられへんまま、財布と携帯だけ持って電車に飛び乗った。ただ「愛子に会わなあかん」、それだけやった。

病院に着いたとき、心臓が破裂しそうで、手が震えてた。ベッドの上の愛子は少しやせてたけど、目はあの頃のまま優しかった。そんで、オレを見て微笑んで言うたんや。

「……今までありがとう

その一言で、時間が止まったように感じた。ほんまは何時間でも話したかった。いっぱい「ごめん」って言いたかった。けど、声を出した瞬間、涙があふれそうで、喉が詰まった。愛子の前で弱い自分を見せるのが、また怖かった。「好きや」って言えんかったあの頃と同じ――オレは昔と変わらん“ヘタレ”のままやった。

絞り出すように言えたのは、ただ一言。「じゃあな」。あの卒業式の日と同じ言葉やった。そのとき笑った愛子の顔が、今でも目に焼きついとる。……それが、ほんまの最後になった。


数日後、愛子は静かにこの世を去った。

葬儀の日、春の雨がしとしと降ってて、空まで泣いてるようやった。辺りではすすり泣く声が絶えへんのに、オレだけ涙が出えへんかった。人の前で泣くのが怖くて、また弱い自分を隠した。葬儀が終わって実家に戻り、自分の部屋で一人になった瞬間、全部あふれ出した。

なんでオレは、あの時も今も、強がるねん……

何度も何度も、愛子の名前を呼んだ。

胸の中では、愛子の「ありがとう」が響き続けた。愛子の苦しさも寂しさも、何ひとつ助けられへんかったオレに、その言葉をもらう資格なんかなかったんや。むしろ「なんで言わへんの」「なんで逃げたん」「寂しかったんやで」って、怒ってくれたほうがどれだけ楽やったか。けど愛子は最後までオレを責めんかった。その優しさが、余計にオレの胸を締めつけた。

その時、オカンが部屋に入ってきて、泣き疲れたオレにそっと言うた。

「アンタな、泣くんはええ。泣かんよりずっとええ。でもな、過去ばっか見て心閉じとったら、ほんまに大事なもんが見えへんようになるで。生きてる限り、”今”を大事にせなあかん。愛子ちゃんの分まで、今あるもん、ちゃんと味わい。」

オカンのその言葉が、胸に沁みた。そこで初めて、愛子の「ありがとう」の意味が、少しわかった気がしたんや。

愛子はきっと、オレが逃げてたこと、全部気づいてたと思う。目を合わせへんようになったことも、遠い大学を選んだことも、卒業式に「じゃあな」しか言えんかったことも。それでも最後まで責めんかった。逃げ続けたオレの弱さをまるごと受け止めて、それでも一緒にいてくれたことへの“感謝”として、あの「ありがとう」を残してくれたんやと思う。

愛子は、最後まで精いっぱい“今”を生き抜いたんやと思う。だから――泣いて、悔やんで、また笑う。もう逃げへん。今日をちゃんと生きようって思った。前に進もうと思えるこの気持ちも、愛子が置いていってくれた大事なもんなんやと。

健司がこの話を終えたとき、人の命の短さや心の強さって、こういうことなんやって思った。「愛子ちゃんの”ありがとう”って、ほんまに深い言葉やな」って言うたら、健司は少し照れくさそうに笑って、「せやろ」って呟いた。その笑顔が、どこか穏やかで、優しかった。


だから今を生きよう――その後悔は、あんたが大事にしたかった証拠やで

ほな今、あんたは何を大事に抱きしめたい?誰の言葉を、誰との時間を、どんな気持ちを、今日ちゃんと大切にしたい?

胸の中に置きっぱなしにしてる想いを、「もう遅い」で終わらせてしまうんは、ほんまにもったいない。過去の自分には届けられへんかった言葉も、今の誰かになら届くかもしれん。あの時にできひんかった優しさも、今日ならきっと誰かに手渡せる。

まだ間に合うんや。

後悔の痛みは、あんたに「大切にしたい人がいる」って証拠なんや。その気持ちがあるかぎり、過去は閉じてても、“今”はちゃんと開いてる。その扉の前に立って、鍵を握ってるんは、ほかの誰でもない、あんた自身なんや。

愛子の「ありがとう」が健司の胸に灯り続けたように、誰かの言葉やぬくもりは、心の灯としてそっと残る。せやからこそ、今日をちゃんと味わおうや。いま隣にいる人を、ちゃんと見つめよう。生きてるって、それだけで、ほんまは奇跡みたいやから。

後悔も涙も、消してしまうためやなく、過去を抱きしめながら、それでも“今”を生きるためにあるんやから。
今日をちゃんと味わい。隣にいる人を、ちゃんと見つめてや。

今を生きるすべての人へ、ここまで読んでくれたあんたに――

心から「おおきに」やで。 ――オカン

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※本記事は、医療的・心理的なアドバイスを目的としたものではありません。深い孤独感や不安が続く場合は、心療内科や専門家の助けを借りることをおすすめします。

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