「いつかは、自分の力で稼げるようになりたい」「いつかは、体を鍛え直したい」「いつかは、資格の勉強を始めたい」。なあ、その「いつかは」、もう何年言うてる?
思いだけは、年々デカくなっていく。SNSで成功してる人を見るたびに、焦りも積もる。せやのに、今日も何もせんまま、一日が終わった。
口で語る夢は、どんどん立派になっていく。せやけど、現実の自分は、一歩も動いてへん。その差を、誰よりも自分がよう知ってる。それが、いっちばん情けないんよな。
先に白状しとくわ。これ、ぜんぶ、かつての自分の話や。いや、正直に言うたら、今も半分、そうや。
ほんでな、高校の時、そんな口だけの自分に、オカンがくれた一言がある。「夢は寝て見るもんや」。……ひどい言われようやろ(笑)。せやけど、この言葉には続きがあってな。ほんで何十年も経ってから、オカンのある秘密を見つけて、やっとこの言葉のほんまの意味が分かったんや。今日は、その話をさせてな。
「夢は寝て見るもんや」。高校の夜に食らった、オカンの一言
高校のときや。なんとなく「将来の夢?…映画作る仕事とか、できたらええな」って、オカンに言うてみた夜があった。
うちの家族、普段は夢の話なんかせえへん。なんや照れくさくて、そういう話題はずっと避けてきた。でもその日は、なんとなく空気がやわらかくて、ちょっとだけ素直になれたんや。
そしたらオカン、洗い物しながらこっちも見んと、ボソッと言いよった。
「は?なんなんそれ」って、心の中でツッコんだ。せっかく真面目に話したのに、拍子抜けもええとこや。でも、オカンはそのまま茶碗を拭きながら、ゆっくり続けてくれた。
当時は、正直ようわからんかった。「頑張りや」でも「そんなん無理や」でもない、ふわっとした返しやなって、それくらいの受け取りやった。
けどな、この歳になって、あの夜の自分の言葉を、もういっぺん思い出してみたんや。
「映画作る仕事とか、できたらええな」。
……「とか」って何やねん。「できたらええな」って、誰がしてくれんねん。脚本を書いたわけでも、カメラを触ったわけでもない。口にしただけで、なんかちょっと、夢に近づいた気になってただけや。
今聞いたら、ようわかる。あれはまさに、オカンの言う通りやったんや。口で言うだけの夢は、寝て見る夢と、一緒や。オカンはたぶん、それを一発で見抜いとった。せやから、あの「夢は寝て見るもんや」。あれは、愛のあるツッコミやったんや。
ほんで、その後の続きこそが、ほんまもんの答えやった。夢を語る暇があったら、今日のことをやり。夢っていうんは、語った先やのうて、今日の積み重ねの先に、勝手に現れるもんやで、と。
夢がデカいほど、今日が小さく見えるんや
ほんでもな、「口だけはあかん、動かなあかん」なんてことは、誰でも知っとるんや。知っとって、動かれへんから、しんどいんやろな。
なんで動かれへんのか。自分の場合はな、夢がデカくなりすぎとったんやと思う。
「いつかは」って言い続けてる間に、頭の中の夢は、どんどん立派になっていく。ほんで、立派になった夢の前に立つと、今日できることが、あまりにも小さく見えるんや。「こんなちっぽけなことやって、何になるねん」って。腕立て10回が、参考書の1ページが、アホらしく見えてまう。ほんで、なんもやらへん。
ほんでもう一つあんねん。語ると、ちょっと満足してまうんや。酒の席で「いつかは、こうなりたいねん」って熱う語って、語ってる間だけ、ちょっと気持ちようなってる。頭の中には、もう成功した自分が出来上がっとって、それを眺めて悦に浸ってる。せやけど、現実は、一歩も動いてへん。
夢がデカいから、今日が小さく見える。語るから、動いた気になる。この二つが揃たら、人間、完璧に止まるんや。何年でも止まれる。……ほんで、そういう止まり方をしてた自分に、いちばん効いたんが、オカンの「今日することちゃんとしてたら」の続きやった。オカンが、それを自分の人生で証明しとったって知ったんは、ずっと後のことや。
【理想の自分を追い求めて苦しい人へ|オカンから学ぶ自己肯定感の高め方】
オカンの古いアルバムで見つけた、ある秘密
この前、ふとした拍子に、オカンの古いアルバムを見つけて、なんとなくページをめくってみたんや。
色あせた若い頃の写真の裏に、小さなメモが貼ってあった。
「いつか小さな喫茶店でモーニング出す人になりたい」
丁寧な字で、そう書かれてた。
「え、オカン、こんな夢あったん?」って思わず聞いたら、オカンはちょっと照れくさそうに笑いながら、さらっと言うた。
……言葉が出んかった。
オカン、この夢、誰にも語ってへんかったんやで。家族の誰も知らんかった。「こんな夢あったん?」って驚くくらいやから。口だけの息子が夢を語ってた横で、オカンは夢を一言も語らんと、毎日、台所に立ってたんや。
味噌汁を作って、弁当を詰めて、参観日の朝にはホットサンドを焼いて。……考えてみ。喫茶店のマスターがやることを、オカンは家の台所で、毎日やっとったんや。「いつか喫茶店を」って語り歩く代わりに、夢の中身のほうを、今日の暮らしに混ぜ込んどった。ほんで、息子の「うまい」のひと言で、「あ、夢の途中どころか、もう着いとったわ」って笑える人やった。
ちゃんと寝て、ちゃんと起きて、
今日することちゃんとしてたら、
気ぃついたときに、夢の途中におる。
あの夜の言葉、オカンは思いつきで言うたんちゃう。自分がそうやって生きてきたから、言えたんや。口だけの高校生へのツッコミは、何十年も先に答えを用意した、生き方からの一言やった。
夢は、語らんでええ。今日に混ぜとき
ほな、どうするか。「いつかは」って語ってた夢を、いっぺん、今日サイズに崩してみよか。
体を鍛え直したいんやったら、今日の腕立て10回や。資格を取りたいんやったら、今日の1ページや。……さっき「そんなちっぽけなこと、やって何になるねん」って言うてたやつや。せやけどな、思い出してみ。オカンのホットサンドかて、あの日の朝の、たった一回の朝飯やったんやで。その「ちっぽけ」が積もって、気ぃついたら、夢の中身になっとったんや。
夢は、デカいまま置いといたらええ。語らんでもええ。誰かに宣言せんでもええ。ただ、今日の分だけ、暮らしに混ぜる。ほんで、混ぜ終わったら、その日はもう、夢のことは考えんでええ。
正直に言うとくわ。自分も、まだ「いつかは」が半分残っとる人間や。せやから、今日の10回。今日の1ページ。それで、今日は上等や。
【自分を責めてしまうあんたへ|オカンの言葉の案内所】
ほんでな、オカンのあの言葉、今はこう聞こえるんや。
「夢は寝て見るもんや」。あれはな、今日の分をちゃんとやった人間への、許しの言葉でもあったんやと思う。
今日のことをちゃんとやったんなら、あとは安心して寝て、夢の続きでも見とき。……そういうことやろ、オカン。
【“のんびりした奴が最後に笑う”オカンの教えから学ぶ焦らない人生術】
「夢はな、遠いところにあるもんやと思いがちやけど、ほんまは今のあんたの毎日の中に、混ざってるもんやで。焦らんでも大丈夫。今日できることを、ひとつやったら、それで上等や。ほんで、夜はゆっくり寝ぇ。夢の続きは、寝て見たらええんやから。」
――オカンより
ちなみにな、オカンの言う「ちゃんと寝る」は、科学的にも大正解や。睡眠は、心と体と、明日の一歩の土台やからな。詳しいことは厚生労働省「睡眠対策」のページも参考にしてみてや。


コメント