辞めたいのに辞められないあんたへ|オカンの言葉と20年の話

仕事帰りの夜道でひとり立ち止まる男性とオカンの言葉 心がラクになる習慣
今もう限界やと思うなら、この記事はいったん閉じてもろてええ。辞めるのが正解の時もあるし、逃げるのも立派な選択や。しんどさが続くなら、ひとりで抱えんと、厚生労働省のこころの耳みたいな相談窓口も頼ってな。この話は、力が戻ってからでも遅ない。
逃げることを考えてる夜やったら、先にこっちを読んでな。
【逃げてもええんやで!限界感じたアナタに贈る、心の健康を守るための大切な選択】

こんな会社、早よ辞めたい。そう思い始めたんは、たぶん二十代の終わりごろやった。

何もせんかったわけやない。辞めるつもりで国家資格を取った。一個だけやない。起業の講習会にも通た。ほんで、どれも使わんままや。

まだここで働いてるんか、って自分で自分を責める日もある。気づいたら、二十年以上が過ぎてた。

自分のふがいなさは棚に上げたまま、日々どっかしらに不満を持って、それでも給料のために、今日もここに来てる。

そういう時に限って、目の前で部下がミスをする。段取りが崩れる。理不尽なクレームが降ってくる。そんなことになったら、そら腹立つわ。オレは聖人ちゃうねん。だから、腹が立つこと自体はしゃあないと思う。

でも、ほんまに腹立ててんのは、部下のミスなんか。それとも、降ってきた理不尽なんか。ほんまは、今おる自分の場所に腹立ててるだけなんちゃうか。

昔オカンに言われた言葉を、仕事の帰りにふと思い出したんよ。

「ほんで、あんたどないしたいん?」

ほんまに諦められてたら、腹も立たへん

ほんまに諦めきれてる人は、たぶん腹なんか立たへん。何も望んでへんかったら、何が起きても「まあそんなもんやろ」で済むはずやからな。

腹が立つっちゅうのは、まだ何か思てるからやと思う。

みんな、なんかしら動こうとはしてるはずやねん。けど、結果が出てへん日は、自分の中では「何もせんかった日」になってまう。

「今日も何もできひんかった」って自分を責めてまう日は、こっちを読んでみてな。
【何もできない日も0じゃない|やる気が出ない自分がイヤなあなたへ】

そんな日が何日も、何年も積み重なる。ほんで、その分だけ自分に腹が立ってくる。

けど、自分への腹立ちは、ぶつける先がないんよ。相手が自分やからな。文句言うたところで、謝らせる相手もおらん。ほんで、行き場のないまま溜まっていく。

しかも、嫌やと思てる場所に毎日おるわけやろ。その時点で、腹の中はもうだいぶ埋まってる。

そこへ、腹を立てる理由がハッキリしてるもんが目の前に来る。今度は、反応できる相手がおるんよ。ほんで、溜まってたもんまで一緒に出てまう。

乗ってきたもん自体は、ほんまは大したことないんかもしれん。それでも、「今のあれのせいで腹が立った」と思てしまうんよ。下に何が溜まってたかは、自分でも見えへんからな。

怒ろうと思て怒ってるんちゃう。気づいたら、目の前の出来事の大きさと合わへんくらい腹が立ってる。

いっそ、ほんまに諦められたらどんなに楽やろ、って思う。

けど、諦められへん。

憧れの場所は、ええとこしか見えへん

今おる場所のことは、よう分かってる。来月どんな仕事が回ってくるか、誰がどんな顔をするか、どこでめんどくさいことが起きるか。しんどさも含めて、全部見えてる。

けど、憧れてる場所のことは、何も分かってへん。行ったこともないから、ええとこしか見えへんねん。そこにたどり着くまでのしんどさも、そこに居続けるしんどさも、見えてへん。

比べる前から、勝負はついてるんよ。しんどさ込みの今と、ええとこだけの向こう側。そら、羨ましさだけが募っていくわ。

小学生の頃、テレビでプロ野球を見て「プロ野球選手になる」って言うてた子がおったやろ。ほんで、練習はせえへん。周りの大人も、なんなら本人もどっかで分かってる。言うてるだけやな、って。

小学生やったら、それで気づけるねん。けど社会人になった途端、なんでか気づかれへんようになる。

成功してる人の話を聞いたら、そのストイックさに驚く。そこまでせなあかんのか、と思う。ほんで、そんなん自分には無理やと思う。気づいたら、世の中が「成功した人」と「そうやない人」の二つにしか見えへんようになってる。

「いつかは」と言うたまま動けてへん自分が情けない夜は、この話もどうぞ。
【夢は寝て見るもんや|口だけの夢を今日に混ぜるオカンの教え】

でも、たぶん二つだけやない。大事なんは、どこに行くかより先に、どうやって動くかのほうやと思うねん。

「辞めたる」は、行き先やなかった

三十代の前半、年度末のことや。みんなが余った有給を使おうとしてる時期に、無理のある出張を振られてな。家族と出かけるつもりで取っとった有給が、それで全部つぶれてもうた。

ほんまに腹が立って、こんな会社辞めたる、と本気で思た。家には嫁さんと子どもが二人おって、家のローンも残ってる。それでもや。

オカンに話したら、めちゃくちゃ怒られた。

「これからの生活、どうすんの」

何も言い返されへんかった。辞めたあとのことなんか、何ひとつ考えてへんかったからや。

信頼してた先輩にも、「辞めます」って言うてしもた。前に一回、こっちの失礼でめちゃくちゃ怒らせて、口もきいてもらえんかった先輩や。その人が、こう言うた。

「そしたら、有給ある限り、気持ちの整理がつくまで休め」

それで、吹っ切れた。先輩がくれたんは、答えやのうて時間やった。時間がたって怒りが冷めたら、残ったんは「ここが嫌や」だけで、行きたい場所はどこにもなかった。

オカンが突いてたんは、そこやったんやと思う。

オカンが聞いてたんは、行き先やった

二十代の頃は、毎日のようにオカンに愚痴をこぼしてた。会社のこと、仕事のこと、うまいこといってる友だちと比べて、なんで自分だけ、みたいなことまで。

オカンは全部黙って聞いて、最後にいつもこう言うねん。

「ほんで、あんたどないしたいん?」

分かってたら愚痴なんか言うてへんわ。どう進んだらええか分からんからしんどいねん。そう言い返したら、オカンはこう続けた。

「わからんのやったら、自分で決めた今の仕事、やり続けるしかないやん。しんどいけど、自分で選んだんやろ。自分で見つけたもんあったら、その時そこに向かったらええ」

あの時は、突き放された気がした。やり続けろ、我慢しろ、って言われてる気がした。

今は、ちょっと違う聞こえ方がする。

オカンは、「ここが嫌」の話ばっかりしてる息子に、「ほんで、あっちはどこや」って聞いてたんやと思う。オレには、それがなかった。持ってたんは「ここが嫌」だけやった。そら答えられへんわ。

「わからんのやったら、今はやり続けたらええ」。あれは我慢しろって言うてたんやない。行き先が見つかるまでは、焦って飛び出さんでええ。見つかったら、その時行ったらええ。そう言うてたんやと思う。

オカンの言葉が変わったんやない。オレがやっと、あの問いを受け取れるとこまで来ただけや。

今度は、順番を変えてみる

辞めるつもりで取った資格が、どれも使わんままになってる理由も、今なら分かる。あれは、行きたい場所があって取ったもんやなかった。ここから出たくて、怒りに任せて取ったもんやった。怒りは走らせてはくれる。けど、行き先までは決めてくれへん。

ここが嫌やから動くのと、あっちに行きたいから動くのは、同じ「動く」でも向きが反対やねん。前のほうは、怒りが冷めたら止まる。オレはそれを、二十年くり返してきた。

ずっと、おらされてると思てた。家族のため、生活のため、周りの目もある。けど正直に言うたら、そこにい続けることを選んでたんは、オレやった。

飛び出したあとのしんどさを受け止める勇気がなかった。苦労させたない気持ちも、たしかにあった。けど、それだけやったかと言われたら、自信がない。家族にかっこ悪いところを見せたない気持ちも、まざってたと思う。

今日もここに来たんは、自分の足や。

それを認めるのは、ええ気分のもんやない。けど「おらされてる」と思てる間は、ずっと「ここが嫌」を握りしめたままになる。握ったままでは、行き先を探す手が空かへん。

認めたら止まらなあかん、ってわけやない。むしろ逆で、認めてはじめて「ほんで、どうしたい」が考えられるようになる。ほんで、考えるのはタダや。頭の中でなら、何回でもやり直せる。

あんたに、辞めろとも残れとも言わへん。残るのも、ちゃんとした選択や。ただ、もし動くんやったら、ここが嫌やから動くんか、あっちに行きたいから動くんか、それだけ一回、自分に聞いてみてほしい。

オレは今、変えたいと思てる。この先どうなるかは、正直わからん。うまいこといく保証もない。

ただ、今回は順番がちゃう。ここが嫌やから飛び出すんやなくて、行き先を探してから動こうとしてる。二十年かかって、それだけは分かった。

「嫁や子供のことで、できへんこともあるやろ。でもな、自分の行きたい道を探したらあかんのとちゃうんやで。ほんで、あんたどないしたい」

――オカンより

しんどさが続くときは、ひとりで抱え込まんと、専門の窓口にも頼ってな。厚生労働省「こころの耳」/厚生労働省「まもろうよこころ」のページも見てみてや。

※本記事は、筆者の体験と感情に基づいて構成されたエッセイであり、フィクションを含みます。ひとつの読み物としてお楽しみください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました