休み明け仕事行きたくないあんたへ|オカンの言葉に救われた話

休み明けの通勤電車で不安そうな表情の新人女性会社員 心がラクになる習慣

「自分、ほんまにあかんわ…」

そう思って、また自分を責めてる。そんな自分に、もう疲れてへんか。

休み明け、仕事行きたくない。そう思うこと、あるやろ。

オレも40過ぎたけど、未だに休み明けの前の晩、気分が重い。何歳になっても変わらん。

体が重たくなるのは、誰でもある。仕方がないことや。


でもな、最近思うんや。それ以上の重たさを抱えてる人が、今、めっちゃ多いんちゃうかって。

昔は、上司が怒鳴ったり、「根性で乗り越えろ」って言われたり、外からの圧がしんどかった。それはそれで、しんどかった。

でも今は違う。

そういうパワハラ的な指導が減った代わりに、自分の能力次第で立ち位置が変わる時代になった。

評価されへんのも、自分の責任。ミスするのも、自分の責任。成長できへんのも、自分の責任。

外から殴られへん代わりに、自分で自分を殴り続けなあかんようになってもうた。

「もっと頑張らな」「ちゃんとせな」「逃げたらあかん」誰に言われたわけでもないのに、気がついたら、自分で自分を責め続けてる。

自分の責任やと感じすぎて、しんどなってるあんたに、こっちも読んでみてな。
【自己責任社会で疲れた心を救う!オカンの『責任の半分は運』の真意と生き方】

しんどくなって、誰かに話そうとしても、今の社会で、こんな泣き言、通用せえへん。だから、誰にも言われへん。一人で、抱えてる。

朝、電車に揺られて、スマホの画面を見てるようで、見てへん。気づいたら、ため息ついてる。

その気持ち、ようわかるで。そんなあんたに、オカンの言葉を届けたくて、この記事を書いたんや。


自分を責めてしまうのは、責任感があるあんたやからやねん

責任感があるからこそ、「ちゃんとやらなあかん」って思う。ちゃんとやりたいからこそ、「ミスしたらどうしよう」って不安になる。不安が膨らむから、「明日、行きたくないな…」ってなる。

ここまでは、自然な気持ちの流れや。

でも、しんどい人はここで止まらへんねん。

「行きたくない」って思った瞬間に、「それって結局、不安から逃げてるだけちゃうんか」「逃げてる自分、最低やん」「みんなはちゃんと向き合ってるのに、自分だけ甘えとる」って、勝手に決めつけてしまう。

そんで、そう決めつけてる自分にも気づいて、「こんな考え方してる自分、もっと最低やん」って、さらに責める。

責めれば責めるほど、自責が勝手にふくらんでいく。

そんで、夜中にふとハッとするんや。

「オレ、何してんのやろ」「同じこと頭の中で何回も繰り返して、結局なんも変わってへん」「ほんま、自分ってあかんわ…」

責めてる自分も、責めてる自分を見てる自分も、全部自分。その全部に絶望する瞬間が、ほんまのしんどさやねん。

でもな、ここで一つだけ言わせてほしいんや。そこまで自分を責めてまうのは、あんたが弱いからやない。

どうでもええと思ってる人間は、自分を責めたりせえへん。「ちゃんとしたい」「ミスしたくない」「逃げたくない」って、仕事に向き合ってるからこそ、責めてしまうんや。

責めてしまうあんたは、ちゃんと仕事と向き合ってる、責任感のある証拠やねん。

「自分を責められるっていうのは、ちゃんと自分を見てる証拠なんや。どうでもええ思てる人間は、自分なんか責めたりせえへんもんや」

自分で勝手に引いた”見えないライン”が、あんたを苦しめてるんや

人間ってな、誰でも心の中に、自分だけのラインを持ってるんや。

「これくらい、できて当たり前」「このくらい、こなせる自分でないとあかん」

誰かに言われたわけやない。自分で、知らんうちに、引いてしまったラインや。

ここが、大事なところやけどな。そのラインを、無意識にちょっとだけ高く設定してしまうもんなんや。

「これくらいできて当たり前」って思てるそのライン、ほんまに当たり前のラインなんやろか。実は、ちょっと高いところに引いてしまってる。自分では、気づいてへん。

そのラインが高いから、ちょっと不安になっただけで、「あ、自分はラインに届いてへん」「あかん、もっと頑張らな」って思ってしまう。ラインに届かへん自分を、責め続けてしまうんや。

特に、今の時代は、このラインを高く引きやすくなってる。

昔みたいに、「お前のやり方は間違ってる」って怒鳴られへん代わりに、正解は自分で見つけなあかん。誰も明確に教えてくれへん。

だから、勝手に「これくらいできなあかん」って、自分でハードルを上げ続けてしまう。

そのラインを上げ続ける限り、何歳になっても、何年経っても、自責のしんどさからは抜け出されへん。

「もっとできるはず」って理想に押しつぶされそうな時は、こっちも読んでみてな。
【理想の自分を追い求めて苦しい人へ|オカンから学ぶ自己肯定感の高め方】

そう気づかせてくれたのは、うちの職場に今年入ってきた、ひとりの子のことがあったからや。


連休明けの朝、その子は震える声で「自分まだまだです」と言うた

うちの職場にな、今年入ってきた子がおる。20代半ばの子で、真面目で、いつも一生懸命で、オレから見ても、ちゃんと頑張ってる子やった。

ゴールデンウィークの前から、ちょっと気になってた。連休前にやり残してた仕事があってな。プレゼン資料の作成。期限的にはまだ余裕がある仕事やった。オレも「焦らんでええよ」って言うてた。

でも彼女は、「連休明けたら、絶対終わらせます」って言うてた。

連休最終日の夜、オレはオレで、「あー、明日から仕事か…」って、ちょっと気が重くなってた。40過ぎたオレでもこんな感じやのに、若い子はもっとしんどいやろな、なんて、ぼんやり考えながら、寝た。

連休明けの朝、出社して、ふとスマホ見たら、彼女からLINEが入ってた。

「明日からまた頑張ります」

送信時刻、夜中の2時過ぎ。寝られへんかったんやな、この子。

職場に着いたら、彼女はもう席についてた。出社したばっかりやのに、もうプレゼン資料とにらめっこしてた。画面は、ずっと止まったまま。

何かに詰まってるのか、どうしたらええかわからへんのか。それでも、誰にも聞かんと、自分でなんとかしようとしてる、そんな後ろ姿やった。

「おはよう」って声かけたら、ハッと顔を上げて、無理に笑顔を作って、「おはようございます」って返してきた。その笑顔が、なんか痛かった。

午前中、仕事の進捗を聞いた。

「今、やってます。自分、まだまだですけど、頑張ります」

そう言うた声が、震えてた。

オレは、彼女が頑張ってるのわかってる。プレゼン資料もほぼできてるし、あと少し手を入れたら完成やん。「全然進んでるやん、もうちょっとやで」って言うたけど、彼女の目は、もうこっちを見てへんかった。

その日の夕方、彼女が席を立った時。机の上に、ノートが開きっぱなしになってた。覗くつもりやなかった。でも、書き込まれた一行が、目に飛び込んできた。

「自分はまだまだや、こんなんやったらあかん、もっと頑張らな」

何回も、何回も、書き直したような跡があった。

オレは、不思議やった。なんでや。資料はほぼできてる。時間も、まだ余裕がある。それなのに、なんでこの子は、こんなに自分を追い込んでるんやろ。

きっと彼女の中には、「これくらい、自分でできて当たり前」「みんなはちゃんとやってる」って、誰に言われたわけでもないのに、自分で勝手に引いた、見えないラインがあるんや。そのラインに届かへん自分を、ずっと、責め続けてる。

そういう時代なんかもしれへん。昔みたいに上司に怒鳴られへん代わりに、自分で自分を厳しく見て、追い込んでまう。誰にも言えんと、一人で抱えてたんやろうな。


オカンが教えてくれた、自分を責めるあんたへの言葉

オレな、彼女に声かけたかってん。でも、何て言うたらええかわからへんかった。

「大丈夫?」って聞いて、彼女が泣いてしもたら、逆に追い詰めてしまうんちゃうか。「頑張れ」って言うたら、もっと自分を責めるんちゃうか。

最近、上司として若い子にどう接したらええか、正直、毎日迷う。ハラスメントにならんように、言葉も慎重に選ばなあかん。でも、見て見ぬふりも、それはそれで、ちゃう気がする。

正解がわからへんまま、その日一日、ずっと彼女の背中を見てた。

その夜、まっすぐ家に帰る気にならへんで、気がついたら、実家の前に立ってた。用事があったわけやない。ただ、誰かに話を聞いてほしかっただけ。

オカンが、台所のテーブルでお茶を飲みながらテレビ見てた。オレの顔を見るなり、

「なんや、しけた顔して」

「仕事のことで悩んどんねん」って言うたら、オカンはお茶を飲みながら、ずっと黙って聞いてくれた。

連休明けの朝、新人の子が震える声で出社してきたこと。夜中の2時にLINEで「また頑張ります」って送ってきたこと。プレゼン資料はほぼできてるのに、「自分はまだまだです」と言うてたこと。ノートに「もっと頑張らな」って、何回も書いてあったこと。なんでそこまで自分を追い込んでるのか、不思議やったこと。声かけたいのに、かけられへん自分のこと。

全部話し終わったら、オカンが、お茶をひと口飲んで、こっちを向いた。

「自分を責められるっていうのは、ちゃんとした子やからやで。どうでもええ思てる人間は、自分を責めたりせえへんもんや」

「『あかん』って気づける人間こそ、ちゃんと自分と向き合ってる証拠や。それは、責めるどころか、誇ってええことやねん」

「『あかん』って思いながらでも、明日また職場に来るやろ、その子。それで十分なんや。責めながらでも、ちゃんと前に進んでるんやから」

翌朝、オレはいつもより少しだけ早く出社した。彼女はもう席についてた。また、難しい顔してパソコンを見てる。

オレは、隣の席に座って、昨日のオカンの言葉を、そのまま伝えた。

「自分のこと、あかんって思ってるやろ」

「責めてしまうんは、君が弱いんとちゃう、ちゃんと自分と向き合ってる証拠や。今日も来れたやん、それだけで十分なんや」

彼女、びっくりしたように、オレの顔を見てた。それから、うつむいて、泣きそうな顔で、ちょっとだけ、笑った。


あんたも、今日来れたやん。それで十分やねん

あんたも、休み明けの朝、「行きたくない」って思いながら、それでも、ちゃんと出社した。電車に乗って、パソコンの前に座って、今日の仕事に向き合おうとしてる。それだけで、もう十分やで。

「行きたくない」って思うこと自体は、弱さやない。それを「あかん」って自分で決めつけて、「もっと頑張らな」って自分を追い込んで、追い込んでる自分にまた絶望する。そのしんどさは、あんたの能力や根性の問題やない。

ちゃんとしたい、ミスしたくない、逃げたくないっていう、あんたの責任感が生み出したしんどさや。責任感のあるあんたやからこそ、このループに、ハマってまうんや。

だから、もう、自分を責めるのは、ちょっとだけ、ゆるめてもええ。

自分を責めるクセを、もう一段ゆるめたいあんたに、こっちも読んでみてな。
【自分を責めない生き方|オカンのやさしい言葉と心が軽くなる秘訣】

「行きたくないな」って思ってもええ。「あかんな」って思ってもええ。それでも、明日また来れたら、それだけで、もう十分やねん。

オカンが言うてた、「責めながらでも、ちゃんと前に進んでる」っていう言葉、それは、あんたのことやで。


あんたが「あかん」って思える心を持ってること、オカンはちゃんと知ってるで。

それはな、あんたが真剣に生きてる証拠や。ちゃんと自分と向き合ってる証拠や。

責められる自分も、責めてる自分も、全部、頑張ってる自分やで。

「あかん」って思いながらでも、今日また職場に来れたんやろ。それだけで、もう十分や。

これからも、無理せんと、責めすぎんと、あんたのペースで、明日に向かっていったらええんやで。

― オカンより

※5月病や適応障害について医学的に詳しく知りたい方は、厚生労働省「こころの耳」や精神科医監修の「5月病とは?症状・原因と対策」も参考にしてみてください。

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